焙煎、思考の質

 

「山では自分の行為の質が変るように、思考の質も変るのでしょう。」

詩人で哲学者の串田孫一氏が山での思索を書いた随筆集「山のパンセ」の一文です。

 

思考の質を変えてくれるもの。

 

それはときに心地いい風が頭を吹き抜けていくようで

またときに雷に打たれたような衝撃に痺れ

降り続く雨のように心を濡らし

氷雪のように痛く

陽の光のように、あたたかくさせてくれるもの。

 

山に限らずたとえ町であったとしても、そこが旅先なら思考の質は変わります。

なんの変哲もないベッドタウンだろうと、馴染みのない土地では

頭の中には真新しい風が吹き

普段は考えないようなことを考え

書かないようなことを書く

新しい自分の一面が湧き出てきます。

 

そんな行為が好きだから、旅をやめられなくて

それに関わることを仕事に、日常にしたいほどでしたが

旅ができなくなり、旅人を受け入れられなくなって一年が経ち

思考の質がずっと同じで

頭の中で空気が滞留し

そろそろ限界にきていました。

 

それが少し和らぐ時間が、珈琲を飲んだり、豆を焙煎しているときです。

珈琲を味わい、工夫して焙煎し、また味わい

さらに成り立ちや産地や経済システムや植物学を

黙々と山を歩くように調べて

珈琲のことを考えている間は

思考の質が変わったように

新しい風が吹く。そう感じます。

 

長い年月の間、多くの人の体の中に取り込まれ

世界中に広がっていったこの果実の種は

山々のように壮大で

また海のように深く

心地いいものです。

 

宿屋の仕事とはまるで違う行為なのに

どこか似たようなことに感じるのは

きっと、私の「思考の質を変えてくれる」という点で

近しいからなのだと思います。

 

山が好きな人も

海が好きな人も

町が好きな人も

珈琲が好きな人も

 

みんな同じものが好きなのかもしれません。

 

そんなことを考えながら

焙煎をしています。