床板張りとの戦い

二階には一番広い部屋にドミトリールーム、三畳の小さな部屋にシングルルーム、奥の部屋にはツインルームができる予定です。

ドミトリールームは高い天井が特徴。

もともとあった天井を取り払って現れた梁をそのまま見せ、他の部分には板を張ります。

断熱材を入れてあとは天井を張るだけ、の状態がこちら。

ところどころまっすぐでない天井に板なんてどう張るのだ、と思うわたし。ここはもちろん大工さんにお任せ。

じゃじゃーん!!おぉ見違えた!

この部屋のもともと増築部分があった東側の壁には、大きな窓が新しく作られました。明るくなりそう!

この窓の下には前庭が広がるはず。前庭を上から見られるのはこの部屋だけ。

さて、二階で自分たちが手がける予定なのは、床板張り、壁・天井のボード張り、客室の土壁塗り、トイレと洗面台のタイル張り。

今、このすべてを終えてから改めて考えると、やることてんこ盛り。お腹いっぱい状態。ひーーーー、無理ちゃうか!て思うかも。

幸か不幸か、わたしたちは建築のイロハを知らない初心者だったので、これらやらなければいけないことを羅列されても、「ほお、ではやるしかないですな!」と目の前のことにただ必死に取り組んでいたように思います。

とくに床板張り。

自分らで取りかかった最初の作業ということもあって、やたら時間はかかる、道具には慣れない、力むから疲れる。

建築士のいわもとくん、現場監督のたーじー、終いには大工さんにまで心配してもらって根気強く見守っていただき、一部は実際に代わりにやってもらい、情けないやら有難いやら…

素人のわがままを汲んでくれてありがとう。。。

この廊下のぎざぎざコーナーすごいでしょ。いわもと先生作。

自分もやってみたからこそわかる、難しさとその精巧さ。

完成の喜びを表現したお手伝いしょうちゃんといわもと先生。ぴっかぴかの廊下にごろ寝する贅沢さよ!

次はたくさんの助っ人たちのお力を借りながら、土壁塗り大会!

すっからかん

ひばりの建物は東側に増築部分をもつ東西に長い造りでした。

この増築部分はざっくり取り除いて前庭にする予定。

自分たちでできる解体作業は行いましたが、この大掛かりな解体はプロにお任せです。

たとえプロでもまるごと取り除くんだし結構時間かかるだろうなぁ…、

という予想は簡単に裏切られ、たった3日でこの姿に。プロはプロなのです。

ブルーシートの前部分にトイレやらガレージやら部屋なんかがあったんですよ。

二階への階段は町家特有の急なものだったので、緩やかなものに作り替えるべく、こちらも撤去されました。

そして始まった脚立はしご生活。

わたしは最後まで慣れずに一段一段慎重に上り下りしてたけど、大工さんや業者さんは普通の階段みたいに駆け下りたりするんですよ。信じられん。

一階のもと和室の床の間と押入れがあった壁はかなり弱っていたので、こちらも全部撤去。

こーんなにだだっ広いすーすーした空間になりました。

こ、こんなにすっからかんで大丈夫なのか。。。と素人はどきどきしておりました。

 

そんな素人を横目に工事はどんどん進む。

ある日二階へ行くと新しい柱が立って、天井まで下地が組まれていました。おぉ、すでに新しい間取りが伺える。

廊下の天井は隠れていた梁が見えて高くなりました。

この廊下を進むと…、明かりとりの天窓が開いてる!いつの間に!

建物が作られていく工程やそこで使われる様々な道具は、わたしにとっては全く未知だったので興味深く、新鮮でした。

さあ、どんどん進みますよ~。

解体日和

まずは解体作業。

業者さんにお願いする部分を除き、できるところは自分たちで行いました。

と言っても素人ばかりでは危険なので、建築士の友人、以前解体作業をしたことがある友人などなどの力を借りました。

時は京都の底冷えをマックスで感じる2月前半。

マスクと手ぬぐいと厚底の靴、そして軍手で挑む、大量の埃と土にまみれる数日。

鼻の穴まで真っ黒になりながら、みんなでどっかんどっかん破壊していきましたよ~。

こちらゲストハウス錺屋月屋の女将りょうこさん。

か細いのに、見た目よりも重いハンマーを振り回して手際よく進めていきます。

りょうこさんと一緒に土壁を落としていってくれた、ゲストハウス金魚家のもとスタッフゆきちゃん。

得意技は独り言と大き目の鼻歌。

これは二階にあった小さな部屋のひとつの解体途中写真。こんなふうに、土壁の下には竹を格子状に編んだ竹小舞があるんです。

木と土と竹、縄でできている土壁。

昔は家の周囲で手に入るもので当たり前に作っていたのでしょうけれど、今では手間のかかったむしろ贅沢なものと言えるのかもしれません。

ドミトリールームになる予定の部屋は、天井を剥がして梁を見せます。屋根の裏ってこんなんなってるのねー。

休憩中の建築士いわもとくん。ひばりの設計は彼にお任せしました。

真冬に大量の汗をかきながらがつがつ進めてくれた建築士なかむらくん。

このときには二階に部屋はなくなり、柱が立ってるただの広い空間となりました。おぉ~。

もと錺屋の宿直スタッフゆっこちゃんは長身を生かして破壊の限りを尽くしてくれました。破壊王。

一体となってた離れと母屋は、間にあった天井を剥がして再び離れとして残します。

忙しいなか来てくれた写真左ははるちゃんと右は錺屋スタッフそうたくん(見えないけど)の男子にお任せ。

真ん中にいるのは店主けいくんですね。

みんなの助けもあったおかげで、予定日数内で目標としていたところまで進みました。

ありがとう!!!

 

そして、これは二階の天井裏から出てきた棟札という建築記録として建物の高所に取り付けておく札。

当時の施主、棟梁の名前と建築年月日が記されていました。

それによるとひばりちゃんは昭和8年10月生まれの84歳。

家をずっと見ていた棟札は、この後天井をはった際にそっと戻しておきました。またいつか、ね。

Before

天気が良くて暑ーい2016年8月某日。

中央卸売市場に出入りするバイクやトラックが走り、業者御用達の専門店なんかが立ち並ぶ丹波口エリア。

ここは京都の人でも「京都駅から近いっちゃ近いけど…」て距離感の、「市場があるところ」くらいなイメージの、あまり馴染みのないエリア。

石畳があったり、長屋が軒を連ねたりする、みなが思い描く京都の雰囲気とはまた違う、下町っぽくて人懐こい、もう一つの京都の素顔が見える場所だと思います。

そんな中にあった一軒の内覧に行きました。

増築や改築を重ねた姿は町家の面影が薄く思われましたが、改築されてすでにバリアフリーになっていた一階は私たちにとってはむしろ好都合でした。

これはもともとあったキッチン。

壁についてる棚は電動式で上下する上等なやつ!ですが、キッチンはもっとシンプルなものにしたいので、この後の解体のときに泣く泣く取り外しました。。。

左側にちらっと見えているのが玄関。

キッチンの横にはお風呂があり、その横には比較的きれいな広めの和室がありました。

直前の家主さんはこのお部屋を居室にし、一階でのみ生活されていたことが伺えます。

奥に見えるのは離れ。

廊下のように床板が張られて天井もあり、母屋とつながっているので屋内のもう一つのお部屋みたいになっています。

離れのアップ。この写真の右側に先ほどの和室があり、そこを通り抜けるとキッチンや玄関があります。

さて、急な階段を上った先の二階は、廊下を挟んで三畳の小さな部屋が五つ並ぶ変わった間取り。

以前は市場関係者の寮のような場所であったようです。

各部屋の畳は古く、壁は土壁の上にベニヤ板やポスターなどが貼られ、部屋の真ん中に裸電球が吊るされた、お世辞にも素敵な部屋とも味のある部屋とも言い難い、普通の古い部屋。ちょっと怖い。

ただ、どの部屋も窓が大きくて開放感があることが怖さを和らげていました。

天気がいい昼間でよかった。。。

 

すっごく状態のいい町家というわけでもなく、雰囲気が抜群というわけでもないけれど、丹波口という面白そうなエリアであることと、素敵に化けられそうなこの家の可能性を見込んでここに決定。

さて、どんな変化を遂げていくのか、こうご期待。

スタッフ紹介 女将 Tsubasa

女将:米山翼

寒がりだけど北海道出身。

北海道も家族も好きだけど、猛烈に一人暮らしがしたくて道外の大学へ進学し、念願の一人暮らしを満喫。

在学中にオーストラリアへ初めての単身海外旅行に行き、楽しくて刺激的な二週間を過ごしました。

卒業後は作業療法士として5年間総合病院で勤務し、急性期、回復期のリハビリテーションに従事。

2009年ワーキングホリデーで再びオーストラリアへ。

カフェやコールセンター、ブドウ農家で住み込みで働いたりと様々な仕事を経験し、たくさんの人に会い、色んな景色を見ました。(そしてビールが飲めるようになった)

以後、機会を見つけては国内・海外へ旅行をしてきました。

2012年に京都へ来てからは、再び作業療法士として訪問リハビリに携わりながらも、ゲストハウス錺屋でもスタッフとして働き、その縁が今も続いています。

 

今までリハビリテーション業務に関わってきて、リハビリを受ける側のひとはどうしても受け身になってしまうと感じています。

その理由はいろいろあるでしょうし、それが悪いわけでは決してないのですが、気持ちが自発的になれば、可能性はもっと広がり、人生がもっと豊かになるんじゃないかと思っています。

「行ってみたいな」と思ってもらえる場所を作ることで、誰かの旅ごころをくすぐることができれば、そのひとの生活が少しずつ変わっていくはず。

一つの場所に留まれない性格のわたしが、結果的に長くいることになった魅力が京都にはあります。

ここ京都で、ひとりでも多くの旅ごころをくすぐれるよう動いています。

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