むかしは季節が四つあったんだよ。

 

 

こんにちは、店主の鎌塚です。

 

今年は全国的に暖冬で、京都も冬とは思えぬ暖かさ。

はやくも梅の花が咲きだしています。

 

寒さに弱い私ですが、残念ながらこの暖かさをまったく喜ぶことができません。

地球は温暖化に拍車がかかり、今年の夏はいったいどれだけ暑くなるのか、どれだけ台風は大きくなり、どれだけの被害がでてしまうのか。異常な気候変動に、不安な思いが募るばかりです。

 

日本が冬のときに夏にあたる南半球、オーストラリアでは観測史上最大の高気温・乾燥となっており、昨年9月に発生した森林火災がいまだ収束に至らないという異常事態が起こっています。

 

日本国土の4分の1に匹敵する面積が焼け、

28人の方々が亡くなられ、

10億を超える動物が犠牲になっています。

 

個人的なことですが、私が初めて訪れた外国はオーストラリアでした。

日本とはまったく違う景色、文化、動植物に触れ、そのときの感動がいまこうして宿を営んでいることにつながっています。

 

ひばりにも毎年多くのオーストラリア人旅行者が利用してくださり、

館内や庭にもオーストラリア産植物を多く置いていて

「あれ、これオーストラリアのじゃない?!」と気付いて喜んでくださるたび、こちらも嬉しくなります。

 

しかしこの文章を書いているいまもオーストラリアでは森林火災により甚大な被害が進んでいるということを考えると、とても胸が痛みます。

 

ひばりととなりの本屋・旅耕社で行っている寄付活動「キフ珈琲」では、当月の利益をオーストラリアの動物救護団体WIRES Wildlife Rescue に寄付することを決定し、ひばりもキフ珈琲の活動を通じてわずかではありますが寄付することを決めました。

 

ひとりひとりができることはほんのわずかではありますが、寄付による協力に留まらず、自身の日々の生活においても環境に対する責任を忘れないようにしたいと、あらためて襟を正して暮らしていこうと思っています。

 

寒くて寒くて、春が待ち遠しい。

 

京都の冬は、それでいいのではないでしょうか。

 

「むかしは季節が四つあったんだよ。」と言われる日が来ないよう

 

これからもできることをやっていきたいと思います。

 

ひばり店主

鎌塚

キフ珈琲2019年決算報告

 

こんにちは、店主の鎌塚です。

 

2019年もじゃがいもので、じゃなくてはやいもので残すところあと1週間。

来週の今日には2020年になってしまいます。

 

今年4月からはじめた珈琲屋のふりをした私的な寄付活動「キフ珈琲」。

12月の終わりを前にして、1周年でもないのになんだか「やり通したなぁ」感を感じています。

 

毎月インスタグラムで決算報告をしているのですが、ご寄付いただいた人の中に「インスタなんてやってねぇよ。」という人もいらっしゃるようなので(そのわりにタピオカミルクティーはよく飲むそうで、やったらいいのにと思うんですけど)、この場で2019年の決算結果をまとめてご報告いたします。

(4月にはじめた結果を5月に寄付しているので、5月からスタートです。)

 

各月の利益額(募金額ー珈琲豆原価)※設備・人件費は店主もち。

5月:¥3412

6月:¥3840

7月:¥4784

8月:-¥8035 店主負担!  ¥0

9月:¥2499

10月:¥1956

11月:¥2057

12月:¥3933

合計額:22481

 

以上、2019年の決算結果でした!

 

8月のクソ暑い中「うちはホットコーヒーだけなんですよ。」という暴言&暴挙ゆえの大爆死をのぞいて、わずかながらも寄付を続けることができました。

 

*キフ珈琲で使用している、福岡のロースター”COFFEE COUNTY”さんの珈琲豆。これがめちゃくちゃおいしい。*

 

何かをはじめるとき、最初に張り切ってがんばりすぎて途中で挫折して続かない、ということがしばしばな自分ですが、もともと街角で募金箱をもって立つくらいの気持ちではじめた活動なので、気負うことなく続けてこれたのかなと思います。

 

人に「寄付してる」というのは小恥ずかしいけど、「寄付珈琲してる」というのはあんまり恥ずかしくなかった、ということもあるでしょう。本当に恥ずかしいときは「珈琲だしてる」しか言わなくていいという逃げ道もありますし。

 

人によって言い方を変えて、

「寄付してるんですよ」とおばあちゃんつかまえて善人面したり

「珈琲だしてます」とかいって女の子相手に格好つけたり

「余計な仕事増やして、なにが楽しくてやってんの?」と友達に聞かれてもあんまりうまく答えられなかったんですけど、案外そんなところをおもしろがって続けているんだと思います。

 

主に猫のための寄付ですが、自分の家の猫以外は正直そんなにめちゃくちゃかわいいわけでもないし、

といっても毎日店にマーキングしにくるノラ猫を追い出す気にもなれず、毎日ノラ猫のトイレ掃除をしています。

「猫禁止」みたいな張り紙は正直剥がしたくなるし、でもなんで知らん猫の糞の後始末しなあかんのや、とも思ったり。

 

*はやく一緒に風呂入ろうぜ!と急かす愛娘。こいつはめちゃくちゃかわいい。うちのばあちゃんは「(毛色が)悪魔みたい。」とか言うけどめっちゃくっちゃかわいい。*

 

だから「本当に素晴らしいことをされてますね!!」なんて言われると、

この活動がどれだけ矮小で、ちっぽけで、生産性がなくて、「本気で寄付のお金を稼ぎたいならバイトした方がいい」というような期待外れの返事をしてしまいます。でも事実はそんなもんです。

 

僕は自分にできること、続けられそうなことをしてるだけだし、

寄付してくれる人もできる寄付、してもいいと思える寄付しかしていません。

 

*近所のノラ猫共。別にそんなにかわいくもないしご飯もあげないけど、来るのを拒む気もないから毎日トイレ掃除だけはしてる。*

 

「いいこと」と言えば「いいこと」なのかもしれないけれど、「そんなにいいことか?」と言われれば「そんなに言うほどいいことではないかもね」、といったレベルのことで、でもだからこそやってられるし、これからも続けていけると思えます。

 

関わってくれている人が、だれも無理をしていない。

というのが、この活動の本当のいいところなのかもしれないなぁ、と書いているうちに思いました。

 

4月から12月の今日まで、

偽善者!とののしられることもなく

金額少なすぎへん?と馬鹿にされることもなく

大好きなホットコーヒーのような温かい目でみていただけたご近所の方々と旅行者のみなさまに、とても感謝しています。

 

来年2020年も引き続きマイペースなリズムではありますが、地道に続けていきたいと思います。

 

それでは、今後ともどうぞよろしくお願い致します。メリークリスマス!

 

ひばり 店主

鎌塚 慶一郎

わら天神さんへお宮参り

こんにちは、店主の鎌塚です。

 

子どもが生まれて1か月が経ち、お宮参りに行きました。

 

 

 

京都で安産祈願といえば、「わら天神」さん。

子どもが奥さんのお腹の中にいたときからお参りしておりましたので、

無事元気な子が産まれたことへの謝意をお伝えし、そして厄払いの祈祷をしていただきました。

 

 

 

境内には赤ちゃんの前掛けが供えられていて、また至るところにハートマークが隠れています。

離れて眺めると厳かな社も、近づいてみるとかわいらしい雰囲気。

 

 

 

綾杉明神の前で記念撮影。

店主が使用済みリネンを抱えているだけのようにみえますが、

ちゃんと立派な和服に包まれた赤ちゃんを抱いています。ご安心を。

 

 

 

ほらかわいい。

なにごとも、遠くからみてるだけじゃわからないということですね。

 

ご妊娠されている方、また小さなお子様をお連れの方に特におすすめのわら天神さん。

 

京都へお越しの際はぜひお参りください。

 

子どもが産まれました。

 

 

 

こんにちは、店主の鎌塚です。

 

京都はいま、雨が降っています。

 

私事ですが先日10月8日、はじめての子どもが生まれました。

 

男の子で、名前は「耕(こう)」と言います。

 

すこし長めの入院を経て、昨日から自宅での3人暮らしがはじまりました。

 

 

命が宿ったことを知り

 

心臓の音を聞き

 

体が形づくられ

 

すこしずつ体重が増え

 

手足の動きが目にみえてはげしくなっていく

 

ひとつひとつ順番に与えられる「はじめて」がうれしく、

その都度子どもの存在と、新しく変わっていく生活を実感していましたが

 

昨日3人で自宅に帰り、準備したベッドですやすやと眠る子どもの顔をみて

 

 

「やっと、はじまるな」と思いました。

 

 

今日までの10か月は決して短い時間ではありませんでしたが

 

はじめて心臓の拍動を聴いた日はついこの間のようで

 

その音の主がいま私たちの自宅にいて

 

妻のお腹ごしに触っていた手足に、直接触れることができる。

 

 

ひとしきり泣いたあと眠りについた子どもの寝顔を眺め、降る雨音を聴きながら、

ふとカリール・ギブランの詩を再読しました。

 

あなたの子供は、あなたの子供ではない。

彼等は、人生そのものの息子であり、娘である。

彼等はあなたを通じてくるが、あなたからくるのではない。

彼等はあなたとともにいるが、あなたに屈しない。

あなたは彼等に愛情を与えてもいいが、あなたの考えを与えてはいけない。

何故なら、彼等の心は、あなたが訪ねてみることもできない、

夢の中で訪ねてみることもできないあしたの家にすんでいるからだ…。

 

詩を声に出して読み

 

子どもの顔をみる。

 

これから子どもを育てる上で大変なことは山ほどあるのだろうけど

 

いつかは触れられない存在になっていくのだから

 

いまこうして触れていられる時間を忘れないよう、抱いていられるだけ抱いていたい。

 

 

小さな手に小指をのせると、包むように握ってくれる。

 

いつかこの手が自分の進む道を開いていくまで

 

しばしの間、手をつないで一緒に歩んでいきたいと思います。

 

新しい生活がはじまり、ひばりにもちょっとずつ変化が生まれてくると思います。

 

どう変わっていくのか、私自身楽しみです。

 

それでは、今後ともどうぞよろしくお願い致します。

 

 

ひばり店主 鎌塚慶一郎

名前のないノラ猫

 

 

うちによくくるノラ猫がいる。

 

毛色は白黒。時にはすこし丸く、時にはひどく痩せている、眼光の鋭い猫。

 

一ヶ月に一、二度顔をだす日がはじまって、もう半年だろうか。

 

ノラに名前はない。

 

名前のないこの猫をみるたび、ある物語を思い出します。

 

あるところに、長生きをしたおばあさんがいました。

 

いい友だちとたくさんのいい時間を過ごしたが、おばあさんはとても長生きしたので、

 

友だちはみな先にいなくなってしまった。

 

名前を呼ぶ友だちがみんないなくなってさびしくなったおばあさんは、自分より長生きするものに名前をつけました。

 

車、椅子、ベッド、家・・・。

 

自分より先にいなくならないものたちに名前をつけることで、おばあさんは安心しました。一人でもさびしくはありませんでした。まるでたくさんの友だちに囲まれているように感じていました。

 

そんなある日、家の前に子犬がやってきました。

 

お腹をすかせている子犬に、おばあさんはご飯をあげた。

 

「家へお帰り」といって、賢い犬はどこかへいきました。

 

次の日も子犬はきて、おばあさんはご飯をあげ、「家へお帰り」といい、また次の日も子犬はきて、ご飯をあげ、「家へお帰り」という。そんな日がしばらく続きました。

 

おばあさんは、その子犬に名前をつけませんでした。

おばあさんは、自分がその子犬より長生きして、先にいなくなってしまうのが怖かったのです。

 

子犬はもう子犬とは呼べぬほど大きくなりました。

 

しかしある日、犬がぱったりこなくなりました。次の日も、おばあさんがいくら待っていても、犬はきません。

いてもたってもいられなくなったおばあさんは、迷子犬を預かる場所へ電話をしました。

 

「犬の名前は?」と聞かれましたが、おばあさんは答えられません。

 

なんとかその犬をみつけたとき、おばあさんは気づきました。

 

名前があるということ。名前をつけるということ。その意味。そしておばあさんは、犬に名前をつけました。

犬の名前は・・・。

 

「名前をつけるおばあさん」というおはなし。

 

どんな名前をつけたか気になるという方は、ぜひ本を読んでみてください。

 

名前をつけるというのは、愛するということ。

この本を思い出すたび、そう思います。

 

おばあさんは愛するものがいなくなるのが怖かった。だから名前をつけることができなかった。

 

「耳をすませば」というジブリ映画に、「ムーン」というノラ猫がでてくる。

 

この猫は他にもいくつか名前をもっていて、ご飯をもらう各家々の人たちが、それぞれ勝手に名前をつけて呼んでいます。

 

ムーンは愛想のないむすっとした猫ですが、名前の数だけ愛されているようです。

 

 

うちは宿なので、毎日いろんな国からくる、いろんな名前の人と出会います。

 

こんな名前もあるんだな、と知るたび

 

新しい愛し方を知ったような気がします。

 

「名は体をあらわす」という言葉がありますが、「体」とは名付けられた方ではなく、名付けたの方の「体」であり、「愛」なのかもしれませんね。

 

うちによくくるノラ猫。名前はあるかもしれないし、ないかもしれない。

 

名前をつけようか、どうしようか。

 

月が巡るたび、私はすこし悩んでいる。

 

 

1 / 3123